z.ohnamiのラフロイグ。

データとサービスは分離させたいと思った

SIMさんの記事を読んで、思ったことを書こう。
Unoffcial DB2 BLOG
元ネタはこんな感じ
グーグル、「Jaiku」「Dodgeball」「Notebook」などでサービス打ち切り

その日は突然やってくる

先方の都合でこれまで利用できていたサービスが止まってしまうことはこれからもきっと起きるのだろう。サービスが止まってしまったときに何が気になるかといえば今まで自分が書いたり描いたり作ったりして残してきたファイル群がどうなるのかという点。今回はデータも残るようだけど、必ずしもすべてのサービスが同じやり方で幕を引いていくとは限らない。今このとき、サービスが止まってしまって音信不通になってしまっても、これまで蓄積してきたデータだけは手元に残るのがユーザーとしては理想だろう。ブログやブックマークは今でも手動でバックアップできるけど、バックアップは面倒な行為だ。データは常に存在していて、Webのインターフェースを介さなくてもデータファイルを素でこじ開けてでも見れるようになっていたほうがいい。

たとえばこんなのどう?

データベースを外出しにするのはどうだろうか。Webサービス自体を提供する側はアプリケーションを用意するだけ。ユーザーは複数のアプリケーションで利用しているデータ群をひとつのデータベースに集約する。データベースサーバー側にはRDBMS、階層型、ドキュメント指向型などひととおり利用できるようにしておく。自分でデータベースサーバーを立ててもいいし、どこかの有償無償を問わずデータサービスを利用する形態もあり得るだろう。何かのWebサービスを利用するときにメールアドレスを登録するのと同じ要領でデータベースサーバーのアドレスを登録するようにすればいい。

堆積したライフログは貴重な財産

個人が生きてきた証として蓄積されたデータ群は時を重ねるほどその人の姿を表していくんだと思う。これから生まれてくる子供なんてのはそれこそ、生まれてから死ぬまでの記録がデータとして格納されていくんだろうなぁ。

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